「ん…ここは」


目を開いた瞬間そこは、先程まで夕方だったはずが雲一つ無いとても良い昼間の空へと変わっていた。
あまりに変わった風景に呆然としていた。
「さっきまで教室に居たんじゃなかったっけ?」と一人考えていると自分の真上から声がした。


「やぁ、起きたかい?アリスは良く眠る子だね」


今まで寝転がって見ていた空が、ニッコリと笑う少年で視野がいっぱいになった。


「ひぃぃいいぃぃ―――――!!!!」


漫画でもテレビでも女の子は大体「キャー」と叫ぶので自分自身も叫ぶと思っていた。
だが現実では思ってもみない声が出ることをその時学んだ。
そんな声を出したにもかかわらず少年は驚きもせず、手をスッと伸ばしてきた。


「どうしたんだいアリス」
「い、いい…いえ、なんでもありません!」


少年の手を借り、起き上がって辺りを見てみると、そこは奇麗に描かれた絵のような緑一色の草原であった。
風が微かに吹いていてとても心地良かった。


「わぁ〜…」


歓喜の声をあげ、目の前の景色に夢中になっていたが、少年は小首をかしげていた。
まるで不思議なものでも見るような雰囲気を醸し出していた。

相変わらず笑顔のまま…………。

すると目の前の少年は何かに気づいたように、手をポンと叩き、自分のポケットから何かを探しているようだった。


「アリスにこれを渡さないとね」


少年の手には一通の便箋があった。
その便箋を受け取り、宛先を見た。
真っ白の便箋に黒字で宛名は”愛しのアリスへ”と書いてあった。
後ろを見てみると、ただ赤色のインクで押された横向きのウサギのマークがあった。
とりあえず誘拐じゃないようなので安心していると、宛名が自分宛てで無いことに気づいた。


「あ、あのこれ私宛てじゃないんですが……」
「? アリス宛だよ」
「いや、だから私は〜………あれ、私の、名前?」


先程まで知っていたはずなのに、頭がスッキリし過ぎていて自分の名前が思い出せなかった。
どうして?何故?と思っていると少年は話を続けた。


「大丈夫だよ、アリス。他の参加者にももう手紙は着いている頃だから」
「………私がアリス?」


少年は迷い無くコクンと一回頷いた。
目の前の少年が自分の名前を呼んでいるのだが、何故かシックリこなかった。
自分の名前は違うんじゃないのか。


「パーティーとか緊張するけど楽しみだな〜。それで、この手紙の差出人ってどんな人?」


その質問をした途端今まで笑顔だった少年の笑顔が、ニッコリと笑っていはいるが少し曇った感じに見えた。
質問の答えを聞きたいが、聞いてはいけないのかな?と思いはすぐに質問を変えた。


「貴方の名前は?」
「チェシャ猫」


"チェシャ猫"と名乗った瞬間、風がバッと強く吹いた。
肩まである髪をこれ以上乱れないようにと手で支えているが、一方のチェシャ猫はニッコリと笑っているだけだった。
そのチェシャ猫の様子を見ていると何故か口が開いた。


「チェシャ猫、さん」


アリスがボソッと名前を呼ぶと強風が徐々に吹き止み始めた。


「チェシャ猫、だけでいいよ。皆そう呼んでいるから」
「そ、そう…じゃあチェシャ猫」


よっぽどチェシャ猫と呼んでもらったのが嬉しいのか、耳や尻尾が若干動いていた。
やっぱり変なヤツだな…と思いながらアリスはまた質問を始めた。
そうじゃないと、これからどうすればいいのか方法を知らないからだ。


「あの私帰りたいんだけど…」
「もしかして道忘れたの?」
「いや、忘れたもなにもここに来た事無いし」
「アッチ」


チェシャ猫がアッチといった方向には、森があった。
自分の位置から見ると、そこまで広い森には見えないが奥の方が見えないため不安だった。
アリスは一歩、後ずさってしまった。
昼間のはずなのに薄暗く、動物がいるのかどうかも危うい場所に感じたからだ。
寧ろあの場所は安全なのだろうか?そんな事を考えながら、チェシャ猫の方を向いた。


…はずだった。


「ねぇ…チェシャ猫、本当にアッチの方角なの?違う道は……って、チェシャ猫?!」


暗い森からチェシャ猫に視線を戻すのにそんなに時間は無かったはずなのに、自分の周りには誰もいなかった。
周りには緑一色で、チェシャ猫の黒髪も黒服も、オレンジ色の耳も尻尾も全く見えなかった。
そして自分が先程まで持っていた便箋だけが残っていた。


「え…ゆ、夢?それとも幻?……ってこの状況でそんなわけないじゃん!」


チェシャ猫はどこ?
便箋は確かに自分の手で持っていたはずなのに何故今無いのか?
一人混乱していた。
そして混乱しながらも、自分の身体ごと回りながらもう一度自分の周りを確認した。
誰一人いないこの野原で自分一人。


「ちょ、ちょっと待ってよ!それだけじゃ分からないじゃん!」
「自分がアリスだって事と、帰る道さえ分かれば十分だよ」


半なき状態になったアリスの真上から先程まで話していたチェシャ猫の声が聞こえてきた。


「居るのなら出てきてよ」
「…………」


いくら待ってもチェシャ猫の声は聞こえなかった。
アリスは思いっきりため息をつき、空を見上げた。
澄み切っている空、あと数時間したら暗くなるだろうなーと思いながら、投げやりなチェシャ猫に怒りをぶつけた。


「とりあえず、森の中を進めばいいのよね!迷ったら絶対にチェシャ猫のせいだからね!」


その返事なのか、またあの時と同じ強い風が吹いた。
それがアリスにとっての始まりの合図でもあり、チェシャ猫の返答だと思いアリスは森に向かって歩き始めた。



戻る